コラム

ビジネス最前線

第12回 「ベンチャーと上海 その1」

先月、初めて中国の上海にベンチャー起業家のメンバーと行って来ました。さすがに見ると聞くとは大違いで、いろいろと勉強になり感動もしました。ビジネスチャンス満載で可能性の広がる上海はベンチャーな大都会でした。

テレビでも、よく特集で100円グッズから高級家具や家電製品などの生産をおこなっている「工場」としての中国のイメージは定着していますが、実際は日本企業、特にベンチャー企業にとっての巨大消費マーケットと人材マーケットが、そこに存在しています。

中国全土で約12億人の人口、そしてその1割が年収1000万円以上の富裕層といわれており、なんとこの上海には日々1600万人が生活流動人口として存在するといいます。

1割ということは約1億2000万人の富裕層であり、これは日本の人口そのものに匹敵します。そんなに簡単にイメージのできにくい程の実際の市場がここにはあり、2010年の上海万博成功を目指して凄く躍動するエネルギーがみなぎっていました。

実は私が初めて具体的にベンチャー起業家から、上海に支社を作り、出かけ始めたと聞いたのは13年も前のことでした。私がラジオのベンチャー対談番組を始めた時の最初のゲストである株式会社トーセの齋藤茂社長からでした。当時は、ベンチャーの新興市場もなく、京都は大山崎に本社があった株式会社トーセも上場していない知名度の低い会社でした。

株式会社トーセは、プレステやアーケードゲームなどのゲームソフトを世界一作ってきた大手ゲームメーカーのアウトソーシング企業で、今では東証1部上場企業で京都の優良企業として株式業界でも有名です。

ゲームソフトのパッケージに会社名は無く商品名も言えないということですが、数々のベストセラーのゲームソフトはこの会社が製作しています。その齋藤社長が、ゲーム製作を上海で中国のスタッフで始めたと話していたのです。

言葉の障害に関して、ゲームは映像で作るものであることと、漢字を並べたら伝えたいことがわかるというメリットを活かしたそうです。また、何よりもゲームソフトは1つの商品を1つのチームで約1年から3年もかけて完成させることから、人件費の安い、かつコンピュータ知識の優秀な中国に目をつけて実行したのでした。

早くから、人件費メリットだけでなく人材発掘に着目したのが利益率のいい上場企業になったトーセの功績だと思うのです。その齋藤社長に先日電話をして聞くと、当時は上海で支払う月給は7000円位であったが、今では4万円位になっているといい、それに現在の上海はこの10年で別の国に生まれ変わったと言っていいくらい変化していると話します。

中心地の有名な上海タワーや450メートル級のビル群は当時存在しなかったらしいですし、今も街のいたる所で高層ビルが建築中です。つまり、労働者の賃金やビルなどの近代設備を考えると、上海のこの10年間は、日本の昭和40年位から現在までの約40年間分もタイムスリップして進化したようです。

30代だった齋藤社長は13年前に、この国は「ビジネスの敵にも成りえるが、絶対に味方にすべきだ」と人材起用に勝負をかけて成功したのです。今では、南の杭州地域を合わせて230名の従業員を雇用しているといいます。

不夜城といわれているネオンの摩天楼の光景は、現在公開中の映画ミッション・インポシブル3(M:i:III)に出てくるので観れば参考になると思います。摩天楼と古き中国の町並みが同居しているのが不思議です。大都会のショッピング街の裏路地で青テントを張って路上の散髪屋に人が並んでいました。

マクドナルドのハンバーガーは約60円、吉野家の牛丼は約360円でした。そして、私がよく知っているベンチャーが飲食店などを展開していますが、驚くことに日本よりも高い価格を設定していました。

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