コラム

ベンチャー経営者奮闘伝

第02回 「トーセ」 齋藤茂社長

第2回目の今回ご紹介するのは、トーセの齋藤茂社長です。同社は家庭用ゲームソフトの開発をメーカーから委託されるアウトソーシング企業。ゲーム業界では最大規模の開発能力を持った企業として知らぬものはない存在です。ゲーム産業は日本のコンピュータ・ソフトウエア産業で唯一国際競争力を持っているといわれ、その市場規模は5,500億円を超えると言われています。その中で自社ブランドにこだわることなく、アウトソーシングに特化しつつ、その地位を築き上げた同社の成長の秘密に迫ります。

上場から4日間買い注文が殺到し、買い気配値が上昇するばかりで売買が成立しない。 ようやく5日目についた初値は公募・売り出し価格の約3倍という信じられないような逸話を持つ企業がある。 昨年8月に大阪証券取引所第二部に上場したトーセという会社がそれだ。現在その普及率ではビデオデッキに迫らんばかりの家庭用ゲーム機。 いわば社会人としての経験は全てトーセで積んでいる。 その中からは販売総数100万本を超えるソフトも多々登場しているが、その大半に開発者として名前を連ねている。 家庭用ゲームソフトの受託開発メーカーである同社の業務は、スクウェアやナムコ、エニックスといった大手ソフトメーカーから依頼を受け、ソフトを開発・OEM供給する、というものだ。 完成した商品に基本的にトーセの社名は出ないため、一般的知名度は低い。しかし、その収益力や財務体質の健全性といった点では大手ソフトメーカーをも凌ぐ。 現在世界中を席巻する日本のゲーム業界で、その名を知らぬものはないといえるこの企業を率いるのが齋藤茂社長だ。 昭和32年京都に生まれた齋藤社長は昭和54年に立命館大学理工学部を卒業、父親が経営する電子部品メーカーに入社した。同年に父親がトーセを設立、同社の開発本部長に就任。

同社が設立された昭和54年は正にゲームブーム。 前年に登場したインベーダーゲームが起爆剤となり、ゲームセンターが各地に乱立されていった時期でもある。 同社も設立当初はこのアーケードゲームと呼ばれる業務用ゲーム機の開発に着手していた。 昭和55年には「サスケVSコマンダー」というゲームの開発に成功、これがヒット作となったこともあり、昭和58年までの数年間は業務用ゲームソフトの開発を中心にしていた。 しかし「任天堂などの大企業がひしめくこのゲーム市場で生き残っていくにはどうすればいいか」と考えた末に昭和58年からは、家庭用ゲーム分野に戦略を切りかえる。 そこからパソコンやファミコンといった、家庭用ゲームソフトの受注専業という道を選択したのだ。結果的にはこれが現在の隆盛の基となる。齋藤社長は「運が良かっただけ」と謙遜する。が、同年にファミコンが任天堂から発売。子供のみならず大人をも巻き込んで、ゲーム市場というものが形成されていったその後の流れを考え併せた時、その先見性は賞賛に値する。

その後、同社は順調に成長を続けていく。平成2年にはスーパーファミコン、CD-ROM、ゲームボーイなど、その対応機器を拡大していった。 平成5年には優秀なソフト開発要員の確保を目的に、中国上海に東星軟件(上海)有限公司を設立。平成6年にはCG(コンピュータグラフィック)時代の到来に備え独自にCGセンターを開設、CGグラフィックの開発能力を高めるなど、常に時代を先取りした戦略を取っている。 一例を挙げると、現在ゲーム開発の現場ではCGプログラマーの不足が深刻化している。 家庭用ゲーム機がハイスペック化していく中でゲームの映像も二次元から三次元に切り替わっていった。今や、オープニングムービーなど三次元CG無しには考えられないほどである。しかし、この変化が急速だったためにプログラマーは何処に行っても引っ張りだこで、各メーカーとも人材の確保に頭を痛めている。そんな中、同社は70人を超えるスタッフを擁し、ゲーム業界でも屈指のCG制作能力を誇っているのだ。

同社が発展したもう一つの要因はその人事管理にもある。ひとことでいうならアルバイトの積極登用策だ。同社の従業員は現在、400名弱。しかし、そのうち正社員は75名。同社では最初はアルバイトとして入社、そこで実績を残せば契約社員、正社員と昇格していくスタイルだ。もちろん正社員でなくとも、充分に保障はされているのだが、従業員は正社員を目指すことで自らのモチベーションを高めていく。そのため、同社では新卒社員というものは採用していない。21年間の社歴の中で退職者は10名にも満たないというあたりに、社員の感じる居心地の良さが表れているといえそうだ。 アルバイト採用といってもキャラクターデザイナー、シナリオライター、コンポーザー、プログラマーなどそれぞれ専門学校などで充分に教育を積んでいる人間が殆どであり、同社の高評価を得る開発能力は彼らによって支えられている。ゲームソフトの開発では、納期直前など徹夜作業が連続することも珍しくない。そんな中、体力もあり、柔軟な発想のできる若い従業員は同社にとっては正に宝だ。従業員も有名ゲームソフトの開発に携われる点で同社へのメリットを充分に見出しており、この辺りまさに利害が一致している関係といえそうだ。

これだけの開発能力のある同社だけに、「自社でソフトを作らないのですか」といった声は多く寄せられる。ゲームソフトの企画から行っている同社だけに、技術的にはもちろん充分に可能だろう。 しかし、ここに踏み切らないのも同社の冷静な計算が働いている。現在家庭用ゲームソフトは、年間1000を超えるタイトルが発売される。その中でヒット作といわれるようなものは数十本と限られてくる。 当然、自社ブランドで発売した場合にはその在庫リスクをも負わなければならない。 しかし、受託開発ならば売れ行きに関わらず開発料が入り、さらに売れ行きに応じてのロイヤリティも入ってくる。 事実上ノーリスクに近い形で経営に当たれるのだ。しかも、開発に必要な機材はクライアントからレンタルと徹底している。 この辺りも同社の高い収益を支えている一因だ。とはいっても、同社の開発したソフトにはヒット作が多いのも事実だが。 最近では携帯電話の「i-mode」への開発も行っている。 これも受託開発なのだが、i-modeの爆発的ヒットに連れて、この分野でも同社への依頼は増えている。早くから、開発に着手していたことが功を奏した格好だが、これすらも「運が良かった」と齋藤社長は言うが、実際には冷静な計算があってのことだろう。

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