コラム

ベンチャー経営者奮闘伝

第07回 「(株)くらコーポレーション」 田中邦彦社長

今回登場するのは大阪を中心に回転寿司チェーン「無添 くら寿司」を展開するくらコーポレーションの田中邦彦社長。現在は38号店までオープン、驚異的な急成長を遂げている優良企業でもある。その、急成長の裏側には"安くて、うまくて、安全な食事を提供していきたい"という田中社長のポリシーがしっかりと流れている。本物への徹底したこだわりと、緻密に計算された同社の経営戦略に裏打ちされた成功のプロセスをたどってみる。

田中邦彦社長は昭和26年岡山県総社市に生まれた。実家は野菜から蒲鉾、日用品まで扱ういわば「何でも屋」。田中社長も幼い頃から注文取りや配達などを手伝わされていた。そんな中で自然と「将来は自分で商売をやるぞ」と考えるようになっていったという。大学を卒業後は、まず、いったんお酢の老舗メーカーに就職する。これには開業資金をためる以上に目的があった。それはメーカーの側から商売を見てみたい、というものだった。 「いわば商品の出所である川上から川下を眺めてみたいと考えたのです。私の家業はお客さんに最も近い"川下"。流通を見る上で、川上からの観点は必ずプラスになる、と考えたのです。」

入社したメーカーで田中社長は営業として大阪郊外の寿司屋を回るようになる。そこで、目にしたものは非効率的な経営だった。「一例を挙げるならば、郊外の寿司屋における売上の比率は9割近くが出前や仕出し、といった部分です。カウンターでの売上など1割にも満たないのです。しかし、店舗を作る際には、その1割のために300万円もする白木のカウンターをつけてしまうのです」 田中社長はもっと出前を中心にした部分に金をかけるべきだ、店内は売上比率から見ても金をかけてはいけない、といった提案をするのだが、全く受け入れてもらえなかった。当時の寿司屋では製造と経営の分離ができていなかったのだ。しかし、寿司そのものは国民食といっても過言ではないほどの人気がある。大半の寿司屋が経営を成立させていた。こうした現実の中で、田中社長は一つの考えに到達した。「寿司屋として成功するかどうかは商売の仕方にかかっているのです。保守的な寿司業界なればこそ、ビジネスチャンスは大きいのではないだろうか」というものだ。こうして田中社長は持ち帰りと出前専門の寿司屋を大阪府堺市で個人創業した。これはヒットした。 とはいっても個人創業、儲けにも限界がある。これではとても大きく広げていくことなど無理、と判断して昭和58年、次の形態に取り組むこととなった。それが回転寿司だ。

当時回転寿司は特許が切れ、雨後の筍のごとく店ができていた。そんななか後発である田中社長は「1皿100円、化学調味料無添加」を武器としていった。同社の寿司は「味がいい」との評判だ。食事時には行列ができ、30分待ちなどは珍しくない。しかも、開店から閉店までこの行列が引きも切らない現実は、味にうるさい浪花ッ子の味覚すらも満足させていることの証左といえる。この味には幾つかの秘密がある。その一つが「祖母の味」だ。 田中社長は多くの寿司飯に満足できなかった。原因は化学調味料にあった。とはいっても、化学調味料無しに寿司飯を作るには工夫がいる。そこで、登場したのが実家に伝わる祖母のメモだった。「郷里の岡山県は、江戸時代藩主の出した倹約令に反発した町民が、各家庭ごとに工夫を凝らしたチラシ寿司のレシピがあります。現在でも各家庭ごとにその味を頑なに守っているのですが、私の実家にもそれはありました。それを基に当社の味は誕生しているのです。」

この"本物で安全な"味志向は寿司飯だけに留まらない。例えばシーチキン巻きであれば、シーチキンとマヨネーズに化学調味料が入っている。これでは無添加とは言えない。そう考えているうちに200近い食材が見直しの対象となっていった。仕入先と交渉し、自社の工場長と連日の研究。ついには味噌汁まで天然の昆布と鰹節のダシで作っていくこだわりへと発展していった。当然、ネタである魚へのこだわりもある。回転寿司の中には、価格を抑えるためにコピー商品を使うところも少なくない。人造イクラなどがそれに当たるが、同社では、一切コピー商品は使用しない。しかも、イカ一つでも味の良いものを探していく。こうした"嘘のない"味が、同社が後発でありながら驚異的な成長を続けてきた秘密だ。 これだけの手間をかけ、1皿100円、を維持していくために欠かせないのが経営の合理化だ。田中社長は、現在のように経理コンピュータが出るずっと以前から、経営数字を電算化している。「最初はおもちゃ売り場で見かけたコンピュータでした。わずか8Bitの、今だったら携帯用ゲームにも劣るような代物でしたが(笑)、それを買ってきて独学でソフトを作ってみました。それでコスト計算、在庫管理、売上計算などをやってみると、経営上のムダが見えてきたのです。それを節約せずに販売価格に乗せていったのでは、お客さんに申しわけが立たない。そうしたムダを排除していくと、1皿100円という数字は無理なく達成できるのです。今はその当時よりも大分進んだマシンを使っていますが(笑)、基本は一緒です。」

もう一つ、同社のシステムで驚異的なのが時間制限の廃棄だ。回転寿司を利用したことがある人ならば解ってもらえるだろうが、ベルトの上を何10周もしたような乾ききったものを見たことがあるだろう。しかし、同社の店舗ではこれはありえない。この秘密は「QRコードシステム」というのが同社独自のシステムにある。皿の袴の部分にコードが付いており、短いもので30分、長いものでも55分回っていると、それを自動的に検知、廃棄していくシステムだ。このシステムは特許も取得している。「回転寿司にとって経営上最大の敵は、ダラダラと売れずに回っている皿です。しかし、それ以上にこの皿が問題なのは細菌の繁殖です。細菌は2時間で4000倍にも増殖するものもあるそうです。これでは何のために無添加をしているのか解らなくなってしまいます。飲食業の基本である"美味しいものを、安全に、安く食べていただく"という概念から見ても当然のことです。むしろ、これまで、そうしたことが問題視されなかったことの方が問題です。」この廃棄は年間で3億円にも上るという。これは経営者にとっては大きな決断を迫られる数字だ。しかし、田中社長には"損して徳とれ"の精神がある。"得"でなくて"徳"。これこそが、お客さんを大事にしていれば、必ずお客さんは帰ってきてくれる、目先の数字よりも長い付き合いを、ということだろう。田中社長をここまでさせるもの。それは安全な食生活への渇望だ。「クロフォード博士という英国の栄養学者が『人類の食史上、最も素晴らしいのは戦前の日本食だ』といっています。先祖が1000年以上の時をかけて作り出したこれだけの素晴らしい文化を、我々はわずか数十年間で捨ててきてしまっているのです。食生活を改善することでアトピーや花粉症といった病気を少しでもなくしていければ、そして、安全な食事を食べる機会を少しでも増やしていきたい、そんな中で当社が少しでもお役に立てればいうことはありません。」店名の前に付いた"無添"の2文字。商標登録を取得しているこの言葉には、田中社長の並々ならぬ決意が込められているのだ。

バックナンバーはこちらから

ページの先頭へ戻る


Copyright© Sugou Arata All Rights Reserved.