コラム

ベンチャー経営者奮闘伝

第09回 「ハートギフト」 池田文子社長

今回ご紹介するのはインターネットを使いギフト専門ショップを展開しているハートギフトです。若干29歳の池田文子社長が陣頭指揮で経営する同社は、設立3年と社歴は浅いですが、独自のアイデアが受けており、設立時から様々なメディアなどでも紹介されてきました。インターネットがビジネスのツールとして認知され始めた時代の一つのビジネスモデルとして、今後もぜひ注目していきたい企業です。

「普通の主婦が一夜明けたら社長」。こんな触れ込みはインターネットの世界ではよく使われる言葉。事実、主婦や学生といった、これまでビジネスに無縁だった人たちが、パソコンさえあれば大した投資も無しに参入できるのがインターネットビジネスのメリットとして捉えられてきた。こうしたブームは3年程前から始まり、昨年の『ITバブル』崩壊までそのブームは続いた。しかし、この平成の起業期も終わってみれば、残っているのはやはり既存のビジネスをベースとして取り組んできた企業が中心となっている。 しかし、そんな中にも堅実に業績を伸ばしている元主婦もいる。 誕生日や結婚記念日など個人の記念日に合わせて贈り物をするのは、現代では『常識』とさえいえる。しかし、この作業もいざとなると意外に面倒なことが多いのも事実だ。こうした点に着目したのがハートギフトの池田文子社長だ。1971年大阪生まれの池田社長は大学を卒業後、積水系列の不動産会社に営業職として入社、法人の企画などを担当する。ここでの経験は現在も大いに役に立っているという。「私自身内にこもってじっくりと何かをやるというタイプではなく、外に出て動き回るほうが性に合ってはいたのです。企画営業というのはマンションなどの企画を立て、それを実際の販売まで持っていくというディレクター的な動きが求められるのですが、ここでは自分が頭で考えたことよりも、実際にお客さんに聞くことがもっとも確実な需要をつかむコツだ、ということを改めて実感しました」とはいうものの、池田社長はOL1年目のころから主張のできる女性であったようだ。ここでいう『主張』というものは決してネガティブなものではない。むしろ、ポジティブな意味になる。

日本では『新人は実績を出すまでは言われたとおりにしろ』、『新人のうちは考えるより汗をかけ』、『考えるのは経験豊富な先輩に任せておけ』といった考え方が伝統として残っている部分は否定できない。しかし、こうした伝統が閉塞感を生み出している事実も見逃してはならない。池田社長は新人のころから「オリジナリティのある物件を企画したい」と思っていたという。しかし、お客さんに話を聞き、専門業者などと打ち合わせを重ねる中で、結果として出来上がったものはオーソドックスな物件だった、という経験をしている。その都度「悔しい!」と思っていたというが、ここで重要なのは実際に出来上がった物件ではなく、そこで悔しい、と感じる気持ちではないだろうか。仕事の上で悔しさを感じることができない人間は、それだけ仕事に対して淡白である、という見方もできる。これは決してプラスではない。ここで悔しさを感じ、それを次の仕事に臨む際のモチベーションとしていくことが重要なのだろう。しかし、その池田社長のOL生活は2年で幕を閉じてしまう。その理由は結婚出産。現在5歳となる長男の出産を前にはさすがの池田社長も仕事を断念せざるを得なかった。しかし、この時期が現在のハートギフト誕生のきっかけとなるのだから人生は面白い。

「子供を出産して思ったことですが、子供がいるとどうしても母親の動きは制限されてしまいます。出産祝いのお返しなどはそれでも何とかしなければならない、そんなジレンマの中で『これがインターネットで自宅に居ながらにしてできたら便利なのではないだろうか』こう思ったのです」ここからが池田社長の積極的な性格が幸いしていく。インターネットで、とはいったもののホームページの作り方はおろか、パソコンの使い方すらもよくわからない。まずは習うより慣れろ、とばかりに中古のパソコンを手に入れる。そして、ホームページ作成ソフトを入手し、参考書片手になんと自分で作り始めたのだ。そうしているうちに二人目の子供を妊娠。しかし、池田社長の情熱は止まらない。「自分の思ったとおりにホームページができていくことが面白くてたまらなかったのです。気がつけば朝だった、何てこともしばしばでした。その度に母に『あなたもう少し自分の体に気をつけなさい』と怒られていました(笑)」こうして、1998年5月にハートギフトは誕生した。最初はSOHOで資金10万円からのスタートだった。子育ての傍ら、自分でページを更新していく毎日だったようだ。そんな中で「記念日などにギフトを贈りませんか。それもありきたりの物でなく、心のこもったこだわりの商品をお選びいただけます」という企業コンセプトは世間の耳目を集めた。さまざまなメディアで取り上げられ、アクセス数も順調に伸びていった。1年後には有限会社ハートギフト、そしてその1年後には株式会社ハートギフトへと成長を続けていった。

この池田社長の勝利の要因を私なりに分析してみると2つの点が挙げられる。1つは『ギフト』という部分に特化していること。そして、もう1つは『心』ということになる。これはどういうことかというと、インターネットで商品を販売する上でよくおきる勘違いに「利便性の追求」というものがある。確かに、インターネット上で商品を販売する上では、自宅に居ながらにして、という利便性の部分は大きい。しかし、インターネットが対面販売に劣る点もここで浮き彫りになる。それは商品を確認できない、ということだ。 これが、書籍やビデオソフトなど既に十分な商品知識があるものならば、商品を手に取ることができなくても購入意欲には差し支えがないだろう。しかし、それ以外の商品となるとやはり、実際に商品を見たいという思いもあるため、そこで購入意欲に水を差すことにもなってしまう。では、ギフト商品はどうなのか?これは商品そのものの価値以上に記念品であり、商品そのものの質以上に、自分なりの気持ちを贈ることの方が重要になってくる。そのためインターネット上であっても商品のオリジナリティの方が重要になってくるというわけだ。仮に、池田社長が一般的な商品にも手を出していたとしたらどうだったであろう。おそらく、現在のような状態にはなっていなかったのではないだろうか。そして、もう1つのポイントである心だが、これは商品選定の部分に大きく関わってくる。商品がありきたりのギフトグッズばかりであれば、インターネットで注文するメリットは利便性だけになってしまう。しかし、ここに池田社長の「選び抜いたものを贈ってほしい」という心が加わったことで、消費者の側は利便性だけでなく、こんな商品が贈れるならば、という動機付けまでもが出来てくるのだ。

現在、同社で扱っているものは花などの商品に加え、オリジナル絵本やマイラベルのワイン、ネーム入りジッポライターなど送る人の気持ちを表現しやすいものが目立つ。こうした商品群が同社の人気を支えているのは間違いなさそうだ。 『ITバブル』の頃には株式を上場しないか、といった話も舞い込んできたという。しかし、池田社長はこれを断った。起業した際のポリシーは「ギフトで頭を悩ませている人や、忙しくて選びにいけない人にとっての有益なビジネスをしたい」という部分と、株式を上場するという部分がどうにも結びつかなかったようだ。 しかし、あの頃に上場した企業が持てる体力以上のことをしてしまったために、苦しんでいる姿を見るとこの決断は正しかったのだろう。女性経営者、という点についてはこう語っていた。「確かに、『お姉ちゃんよくやっているね』という言われ方をしたことはあります。しかし、最も不快なのはビジネスの話の最中に『若い女の子と話すのは楽しいね』みたいないわれ方をするときです。ビジネスを離れた場合にはそうしたことを言われても気になりませんが、ビジネスの話の最中に無関係なことを言われるのは気持ちのいいものではありません。しかし、女性というだけで訪問先に覚えていただけていることも多いことを考えると得をしているのは事実かもしれませんが。いずれにしてもあまり意識したことはないですね」現在池田社長にとっての最大の悩みは人材だ。インターネットの技術が進んでくる中では、インターネット上での販売をしている同社もその更新速度を速めなければならない。しかし、ただ、技術的なものさえあればいい、というわけでもない。池田社長のポリシーを汲み取った上で、その心を具象化していく技術力が必要なのだ。最近はようやく、任せられる人材が見つかったというが、これまで、自身が飛び回ることで会社を成長させてきた池田社長がどこまで権限を委譲し、分身を作っていけるのか、女性社長の戦いはまだ終わりそうにない。

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